顎を上に向け伸びきった喉を鏡に映す。剃刀の峰の部分を喉もとに当てて下にさげていく。

剃刀の刃先が皮膚に食い込んだ瞬間、ピリッとした痛みが走る。首の右側に血の筋ができた。

剃刀の刃が、髯（ひげ）の根（ね）を、気もちよくとおってゆく音を聞きながら

剃刀が、銀色の虫が這うようにしてなだらかな肌を這い下る

（ひげをそる音）顋のあたりに利刃がひらめく時分にはごりごり、ごりごりと霜柱を踏みつけるような怪しい声が出た。

天神様のような髯（ひげ）

頬と顎には、おおよそ二日分の髭が生えている。

顎の全体を覆う髭

胡麻塩の口ひげ

蝶ネクタイのような口髭を丁寧に拭いて

死人が息を吹き返したような機械の鼓動

食事に使うテーブルクロスやナフキンは、一週に一度大きなタライの中で煮るのだった。赤ちゃんのうぶ湯ぐらい使わせられるほど大きい洗たくタライによごれものを入れ、石けんの粉をふりかけて、上からお湯をひたひたになるまでそそいで火にかけ、ぐつぐつ中火で20分ぐらい煮る。 ときどき長い棒で上からつついたり、よごれものをひっくりかえしたりして、それがすむと水洗いするのだが、不思議なほど真白に、きれいによごれがおちていた。

レコードを選んで針を置いてみた。ナット・キング・コールが「国境の南」を唄っていた。部屋の空気が一九五〇年代に逆戻りしてしまったような感じだった。

最後の曲が終わった。布を裂くような音でレコードはまだ回っている。

ストーブの上でやかんがしゅんしゅん鳴っていた。