別れた人なぞは杳（はる）かにごま粒ほどの思い出となり果てた。

思い出が絵巻物のように繰り拡げられる

なにげなく友の云った言葉に、私は前の日に無感覚だったことを美しい実感で思い直しました。

３５年経った今は宝石のような思い出

その座布団は彼の幼時からの記憶につながれていた。同じ切れ地で夜具ができていたのだった。

好奇心が強く、パワーショベルで土をすくうみたいに、多岐にわたる知識を片端から効率よく吸収していった。

（いつだったか）思い出せない。時間の流れが不均一になっていて、距離感が安定しない。

記憶は司祭の目ぶたの裏に焼きつくように残っていた。

彼はお八重の顔を頭に描いた。

「さて、記憶とはあやふやなものです」響野はつづける。「脳の中にノートブックがあり、中を覗いてみると、思い出すべきことが日本語で丁寧に描かれている。大事なところにはマーカーまで引かれている。そんなことは決してありません。記憶というのはしょせんは脳の中のシナプスの伝達活動によって生じるものです。シナプスの電位変化が記憶となるのです。何年経っても同じ形状で残っている保証はどこにもないでしょう。それこそ記憶とは、思い出そうとしている今この瞬間の自分によって新たに創り出された、『記憶と思われるもの』にすぎないのです。創造物です。まさに、『歴史』が、権力者によって捏造された共通認識であるのと似ています。記憶は生のまま氷温保存されるわけではないのですよ」