（新生活）このしみひとつない真新しい部屋にいると、自分が記憶と個性を剥奪された匿名の人間になったような気がした。

同じ人間が二本の映画でまったく別の人間を演じているのをながめるような違和感。

彼は都会の土では萎れ、郷土でやっと息を吹き返す、かの植物にも似た自分の宿命を観念した

自分が自分でないようななんだか不思議な気分を味わっています。うまく説明できないんだけれど、そうね、ぐっすりと眠りこんでいるあいだに、誰かの手でいったんばらばらの部品に分解されて、それからまた大急ぎで組み立てられたみたいな感じ

（久しぶりに）一人になると、僕の回りの光の色や風の匂いまでが僅かに－－しかし確実に－－変化したように感じられた。《…略…》僕は急に何も考えられなくなってしまった。頭の中で急速に重力が変化してしまったような感じがした。僕の思考はその重力の変化に上手くついていくことができなかった。

われわれの日々には明るいところもあり、暗いところもあり、また緑に輝く日もあれば褐色ににごった時期もある

一日一日の生の中で溺れつつ押し流されて生きていく

後から思えば、運命はその時一段もはずせないハシゴだった。どの場面をはずしても登り切ることはできない。

（幼児になった睦子）色の白い──目が、いや口も鼻も耳も、なにもかもが睦子の精巧な人形のように小さくて可愛らしくて、こわれてしまいそうに見えた。

何とも落ちぶれた姿の自分が、荷車にひかれた昆布のような気持ちなり。

小さいけど家族が集う家

食って寝るのを天職のように心得て

そばやのゆで汁でもただ飲みして来ようか。

年寄りと二人で暮らすというのは、ひどく不安なことだ。《…略…》私は、いつもいつでも「おばあちゃんが死ぬのが」こわかった。《…略…》私は心の中でいつも、たったひとりの家族を気にかけていた。 　部屋のすみに息づき、押してくるそのぞっとするような静けさ、子供と年寄りがどんなに陽気に暮らしていても、埋められない空間があることを、私は誰にも教えられなくてもずいぶん早くに感じとった。

同期の女の子たちは皆、家庭という殻に収まったヤドカリになっている