なつかしい等（人名）、そのなつかしい肩や腕の線のすべてを目に焼きつけたかった。この淡い景色も、ほほをつたう涙の熱さも、すべてを記憶したいと私は切望した。

街の四ツ角で、まるで他人よりも冷やかに、私も男も別れてしまった。

乙彦とは終わってしまった。 　終わった。長い時間をかけて。 　モザイクみたいに乱れてごちゃごちゃになった彼女の心は、死というひとつの言葉に向かって集約されつつあった。すごい勢いで、無音で。

（俊一の元彼女 → 十和子、今彼女 → カヨ）カヨが〈俊一〉と呼び捨てにするたびに、十和子のどこかが 蹂躙 されこわばっていく。

彼は胸の詰まる思いで感傷に浸った。

（女性のエクスタシー）闇の中で、からだに赤い筋が走ることがある。赤い筋は幅五センチほどで、 もも の内側の、からだのまんなかのあたりから両足の足首に向って、ゆっくりと走ってゆく。

彼は胸の詰まる思いで感傷に浸った。

白い肌を見ていると、妙に悩ましい気持ちだった。

自分の恋人が同じ朝と夜、同じ時間の流れの中に同時にいると思うだけで、いつもの夕方も甘く見える。電話をしても、のびのびと話せる。 　夜が静かで長く感じられる。 　ふだん淋しいと思いたくなくて無理して 麻痺 させていた感覚が、ひとつひとつ開いていくのが目に見えるようだ。 　季節の陽を受けた花のように、静かに、確実に。

葉子が情に激して倉地に与えた熱い接吻（せっぷん）の後にすぐ、倉地が思わず出たあくびをじっとかみ殺したのをいち早く見て取ると、葉子はこの種の歓楽がすでに峠を越した事を知った。《…略…》かろうじて築き上げた永遠の城塞（じょうさい）が、はかなくも瞬時の蜃気楼（しんきろう）のように見る見るくずれて行く