二人は笑った。幸せだと思い込めば思えるような気がした。

（幸せな日々）春が過ぎていく間、麻酔剤の作用で鈍磨した痛覚とでもいうべきものが十和子を包み込んでいたが、それはどことなく淡い幸せに似ていた。

（幸福とは）道端にはしきりにそこいら中の人を呼びとめて「幸福とは何だと思いますか」と必死にたずねている人達がいた。《…略…》しかしそのおかげで、急ぐ私の心には一瞬、幸福を想う残像がすーっと桃色の尾をひいた。幸福をうたういくつかの名曲のメロディーも、次々と心に流れたような気がした。 　しかし、と私は思った。 　決して届かないふうなところに、もっと強く金色に光るイメージがあって、みんなが本当に欲しいのはそれなような気がする。希望とか、光とかを全部集めたよりももっと強烈なもの。 　それは、駅前で幸福についてたずねているとどんどん逃げていってしまい、お酒を飲みすぎるとぐんと近づいてきて、あたかも手に取れそうに思えるもの。

（人生を諦めた男は逮捕されたことに完結感を得る）私の右腕を 摑 んでおろし、手錠をかけた。何故か、こうなることをひそかにのぞんでいたような、小さな完結感があった。

神様がほんの少しばかりそばへ寄って来たような温い幸福を感じる。

彼は至上の幸福がついに完成したことを知り、歓喜に酔った。

（幸せな日々）桜が散ってしまった後も、街のあちらこちらで白や黄色の花が開き、軽く滑らかに流れる二人の会話は屈託のない笑いに守られて、第一そのどこにも、不幸を暗示する言葉や疑惑をさしはさむ隙間などなかった。

（幸せな日々）春が過ぎていく間、麻酔剤の作用で鈍磨した痛覚とでもいうべきものが十和子を包み込んでいたが、それはどことなく淡い幸せに似ていた。

子供のように幸福

『──俺は幸せなんだ。……』 　彼は先ほど、電気を消した子供部屋で、息子の手を握ったまま唐突に襲われた強烈な幸福感のことを考えた。『俺はこの子の父親なんだ。』と胸の 裡 で呟いて、その一言一言が──「この子」や「父親」といった言葉だけでなく、その関係性を紡ぐ助詞に至るまで！──彼を恍惚とさせた。それは、ほとんど自分自身を見失ってしまいそうなほどの大きな実感だったが、あの平凡なひとときが、それほどまでに特別だったというのは、結局、不安の裏返しであるようにも感じられた。まるで将来、自分の人生の最も幸福な時として、この夜のことをこそ思い出すのではと予感されるほどに。……

精神にシャワーを浴びているような快さ

実に痛快

まぶしいような深い喜び

白い歯がこぼれる

有頂天になる