『──俺は幸せなんだ。……』 彼は先ほど、電気を消した子供部屋で、息子の手を握ったまま唐突に襲われた強烈な幸福感のことを考えた。『俺はこの子の父親なんだ。』と胸の 裡 で呟いて、その一言一言が──「この子」や「父親」といった言葉だけでなく、その関係性を紡ぐ助詞に至るまで!──彼を恍惚とさせた。それは、ほとんど自分自身を見失ってしまいそうなほどの大きな実感だったが、あの平凡なひとときが、それほどまでに特別だったというのは、結局、不安の裏返しであるようにも感じられた。まるで将来、自分の人生の最も幸福な時として、この夜のことをこそ思い出すのではと予感されるほどに。……
平野啓一郎「ある男」に収録 ページ位置:13% 作品を確認(amazon)
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幸せ・満足な気持ち
怖い・恐怖
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前後の文章を含んだ引用
......底の孤独にまで達した。投げ出された人形のような無意志的な動きで、リラックス・チェアの背に体を凭せた。そうしてしばらく、首の傾いたままのその姿勢で陶然としていた。『──俺は幸せなんだ。……』 彼は先ほど、電気を消した子供部屋で、息子の手を握ったまま唐突に襲われた強烈な幸福感のことを考えた。『俺はこの子の父親なんだ。』と胸の裡で呟いて、その一言一言が──「この子」や「父親」といった言葉だけでなく、その関係性を紡ぐ助詞に至るまで!──彼を恍惚とさせた。それは、ほとんど自分自身を見失ってしまいそうなほどの大きな実感だったが、あの平凡なひとときが、それほどまでに特別だったというのは、結局、不安の裏返しであるようにも感じられた。まるで将来、自分の人生の最も幸福な時として、この夜のことをこそ思い出すのではと予感されるほどに。…… 城戸と妻の香織との馴れ初めは、「知人の紹介」ということになっているが、その場所は、とても人に詳細を語れないような軽薄な飲み会だった。空元気で手を叩いて笑い合う......
単語の意味
恍惚(こうこつ)
胸(むね)
恍惚・・・うっとりした状態。放心状態のような気持ちで心を奪われたさま。
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幸せ・満足な気持ちの表現・描写・類語(喜びのカテゴリ)の一覧 ランダム5
彼女はぼくを、まるで飛行機のファーストクラスに乗ったような気分にさせてくれた。
村上春樹「スプートニクの恋人 (講談社文庫)」に収録 amazon
彼は至上の幸福がついに完成したことを知り、歓喜に酔った。
山田詠美「新装版 ハーレムワールド (講談社文庫)」に収録 amazon
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怖い・恐怖の表現・描写・類語(恐怖・不安のカテゴリ)の一覧 ランダム5
気持の芯が凍りつくような感覚
沼田 まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
全身がざあっと 粟立った。
宮本 輝 / 泥の河「螢川・泥の河(新潮文庫)」に収録 amazon
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苦しいようなうれしさに胸を詰まらせながら
沼田 まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
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なんとも言えない幸福な感謝の心が、おさえてもおさえてもむらむらと胸の先にこみ上げて来た。
有島武郎 / 生まれいずる悩み
梶井基次郎 / 城のある町にて
彼は至上の幸福がついに完成したことを知り、歓喜に酔った。
山田詠美「新装版 ハーレムワールド (講談社文庫)」に収録 amazon
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何をしていても気持ちが重たく沈み込んでゆくような不安
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
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胸で恐怖を感じるときの表現・描写・類語(恐怖・不安のカテゴリ)の一覧 ランダム5
胸の動悸は心臓を潰さんばかりであった
山田詠美「新装版 ハーレムワールド (講談社文庫)」に収録 amazon
胸が 潰れるほど長い時間だった。
遠藤周作「沈黙(新潮文庫)」に収録 amazon
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「喜び」カテゴリからランダム5
新しく得た刀よりも鋭い喜び
新渡戸稲造 訳:岬龍一郎「いま、拠って立つべき“日本の精神” 武士道 (PHP文庫)」に収録 amazon
おかしそうに目を三日月にした。
平野啓一郎「ある男」に収録 amazon
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金属性を帯びた、突拍子 もない甲高 い声
夢野久作 / ドグラ・マグラ
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