(スランプ)うんざりだ、と彼はもう一度、苦いものを嚙みしめるように繰り返した。そして、その一言が、自分の体にどんな影響を及ぼすのかを想像して不安になった。「スランプ」というのの始まりは、案外こういう感じなのではあるまいか。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 ページ位置:8% 作品を確認(amazon)
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スランプ
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前後の文章を含んだ引用
......う、うんざりしていた。これまで慎重に、その自覚を避けてきたが、昨日の三谷との会話が、最後にはあっさりと彼を籠絡してしまった。苛立っていたのは、そのせいだった。 うんざりだ、と彼はもう一度、苦いものを嚙みしめるように繰り返した。そして、その一言が、自分の体にどんな影響を及ぼすのかを想像して不安になった。「スランプ」というのの始まりは、案外こういう感じなのではあるまいか。 彼は左手の指先に目を遣った。開いたり閉じたりした。それから、速い旋律を指板の上で押さえるような動きをした。そして、自分の意志にまったく従順に動いてみせるその左......
単語の意味
案外(あんがい)
体(からだ)
案外・・・現実が予想と食い違っていたさま。見当が外れたさま。意外なさま。思いのほか。
体・・・頭・胴・手足など、肉体全体をまとめていう言葉。頭からつま先までの肉体の全部。身体。体躯。五体。健康。体力。
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スランプの表現・描写・類語(人生のカテゴリ)の一覧 ランダム5
(ソロコンサートで演奏が途中で止まるギタリスト)楽曲は、展開部の最後に差し掛かり、ベースラインの半音ずつの上昇を経て、最初の主題に戻ろうとする。まさにその刹那だった。 沈黙が、唐突に脇から彼を追い抜いて、行手に立ちはだかった。音楽が、その隙に彼の手から逃れ去った。何も聞こえなくなった。どういうわけか、しんとしていて、発熱した時間が、虚無のように澄んでいる。蒔野は、舞台の照明が目に入った時のように、その静寂を少し眩しいと感じた。額に汗が滲んだ。人混みで財布を 掏 られた人のように、彼は慌てて音楽を探した。手元にはただ、激しい鼓動と火照りだけが残されている。 聴衆は、突然、演奏が止まってしまったことに驚いていた。蒔野自身も呆然としていて、何が起きたのか、わかっていない様子だった。すぐに演奏に戻ろうとしたが、指はただ、指板の上をうろつくだけで途方に暮れた。蒔野はもう一度、驚いた顔をして、怪訝そうに、自分の左手を見つめた。 会場がざわつき始めると、彼は何も言わずに立ち上がって一礼した。客もどうしていいかわからなかったが、疎らに拍手が起きた。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
(スランプ)うんざりだ、と彼はもう一度、苦いものを嚙みしめるように繰り返した。そして、その一言が、自分の体にどんな影響を及ぼすのかを想像して不安になった。「スランプ」というのの始まりは、案外こういう感じなのではあるまいか。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
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「人生」カテゴリからランダム5
(心中を図る男女)私と雄一は、時折漆黒の闇の中で細いはしごの高みに登りつめて、一緒に地獄のカマをのぞき込むことがある。目まいがするほどの熱気を顔に受けて、真っ赤に泡立つ火の海が煮えたぎっているのを見つめる。
吉本 ばなな / 満月 キッチン2「キッチン (角川文庫)」に収録 amazon
煎り豆に花が咲くようなことがそう度々あるはずがない
幸田 文 / おとうと amazon
(老いた体)年月の刻まれた肉体はいつでも人を切なくさせる。そしてその美しさと換えのきかなさに圧倒される。
よしもとばなな / まぼろしハワイ「まぼろしハワイ」に収録 amazon
「けっきょく、そうなんですよね、運命なんですよね。原因をさかのぼって考えていけば、最後の最後は、なぜ自分は生まれてきたんだろう、になっちゃうんですよ」
重松 清「流星ワゴン (講談社文庫)」に収録 amazon
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いくつかの座席を越えて便所へ辿りつくことは、アルプスの峻嶮(しゅんけん)を越えるが如きものだ。
小島 信夫 / 汽車の中「新潮日本文学 54 小島信夫集 小島信夫集 抱擁家族 アメリカン・スクール 吃音学院 他」に収録 amazon
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