鏡は己惚 の醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である。もし浮華虚栄の念をもってこれに対する時はこれほど愚物を煽動 する道具はない。昔から増上慢 をもって己 を害し他を戕 うた事蹟 の三分の二はたしかに鏡の所作 である。仏国革命の当時物好きな御医者さんが改良首きり器械を発明して飛んだ罪をつくったように、始めて鏡をこしらえた人も定めし寝覚 のわるい事だろう。しかし自分に愛想 の尽きかけた時、自我の萎縮した折は鏡を見るほど薬になる事はない。妍醜瞭然 だ。
夏目漱石 / 吾輩は猫である ページ位置:68% 作品を確認(青空文庫)
この表現が分類されたカテゴリ
鏡・ミラー
しおりに登録する
前後の文章を含んだ引用
......とも限らぬ。多くの影は大抵本体を離れぬものだ。この意味で主人が鏡をひねくっているなら大分 話せる男だ。エピクテタスなどを鵜呑 にして学者ぶるよりも遥 かにましだと思う。 鏡は己惚 の醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である。もし浮華虚栄の念をもってこれに対する時はこれほど愚物を煽動 する道具はない。昔から増上慢 をもって己 を害し他を戕 うた事蹟 の三分の二はたしかに鏡の所作 である。仏国革命の当時物好きな御医者さんが改良首きり器械を発明して飛んだ罪をつくったように、始めて鏡をこしらえた人も定めし寝覚 のわるい事だろう。しかし自分に愛想 の尽きかけた時、自我の萎縮した折は鏡を見るほど薬になる事はない。妍醜瞭然 だ。こんな顔でよくまあ人で候 と反 りかえって今日 まで暮らされたものだと気がつくにきまっている。そこへ気がついた時が人間の生涯 中もっともありがたい期節である。自分で自分......
単語の意味
扇動・煽動(せんどう)
扇動・煽動・・・大衆の気持ちをうまく刺激して、ある行動を起こすように仕向けること。人々の心をあおること。
ここに意味を表示
鏡・ミラーの表現・描写・類語(道具・家具のカテゴリ)の一覧 ランダム5
私の顔が二重に写っている鏡の底
林芙美子 / 新版 放浪記
水銀に罅 の入った古い掛鏡
宮本百合子 / 伸子
鏡台は、おもちゃのように小さく、古めかしいものであった。
永井 龍男 / 青梅雨 amazon
鏡に色目をつかったって、鏡が惚 れてくれるばかり。
林芙美子 / 新版 放浪記
このカテゴリを全部見る
「道具・家具」カテゴリからランダム5
古い壁にビラが白々と死の装束に似て貼りついている
武田 泰淳 / 風媒花 amazon
娘はマールボロの箱を手にとって一本抜きとり、火をつけずにしばらく手の中で転がしていた。
村上春樹 / ねじまき鳥と火曜日の女たち「パン屋再襲撃 (文春文庫)」に収録 amazon
象は右の後脚にがっしりとした重そうな鉄の輪をはめられていた。輪からは十メートルほどの長さの太い鎖がのびて、その先はコンクリートの土台にしっかりと固定されていた。それは見るからに頑丈そうな鉄輪と鎖で、象が百年かけて力を尽したところでそれを破壊することは不可能であるように見えた。
村上 春樹 / 象の消滅「新装版 パン屋再襲撃 (文春文庫)」に収録 amazon
同じカテゴリの表現一覧
道具・家具 の表現の一覧
暮らしの表現 大カテゴリ