木部の熱意が見る見る抑（おさ）えがたく募り出した

彼女は蒔野を愛していた。折々、胸を押し潰されるほどに苦しい恋の衝動も経験していたが、それと同時に、彼女は蒔野のことが、何と言うのか、人間としてすっかり好きになっていた。 　彼と向かい合っていると、何も特別なことのない単なる日常会話が、人生の無上の喜びと感じられるような一瞬がしばしば訪れた。それは、ほとんど不可解とさえ思われるほどの、何かしら奇跡的なことだった。

（初恋の人への想いが、）長いあいだずっと変わることなく僕の意識の中心にいた。僕という存在にとってのひとつの大事なおもしの役割を果たしていた。

心がかき乱される

（恋に奥手）好きな人を目で追うことしかできない

外に比べたらはるかに薄暗い店内の一角で、彼女のその顔の部分だけが、パッと輝いているようだった。

ひっそりとした部屋で、ちぐはぐな会話が一つ二つあってすぐに唇が重なり、あとはめくるめく炎の抱擁があった。体が 蜜 のように溶けて流れていくのがわかった。 　──こわい、こわい── 　どこかでそう叫んだような気もする。 　昭子は自分の体のうちにあれほどまで不可思議な歓びが潜んでいるとは知らなかった。

彼にとって女たちは、そばをたまたま行き過ぎていく淡い影に過ぎない。

街の四ツ角で、まるで他人よりも冷やかに、私も男も別れてしまった。

男と女の長い突き出た鼻と鼻が、入れ違えにぴったり裏打ちをしあうようにくっ着かなければ唇がとどかない