それを目の当たりにしたときの新鮮な驚きは、拭いがたく胸に焼き付いている。

もうずいぶん前のことだが、記憶は鮮明だ。

──どこかがおかしい── 　その感覚は透明な接着剤のように洋介の周辺にしつこく粘りついていた。

（眠い朝に出会った不思議な女性）眠い頭の中にうららというその不思議な女性の印象だけが陽ざしの中でまぶしくふちどられて刻まれた朝だった。

陣治の表情はいつまでも十和子のなかに残り、ひとりでいるときなど気がつくとその記憶を 反芻 している。

瞼に鮮やかによみがえる

（記憶が失ったが母を安心させるために「お母さん。」と言う）「お母さん。」 　と私は言った。母がゆっくりうなずいた。嬉しそうに、心をこめたうなずきかたで。そして花嫁みたいに笑った。私は今、人がこの世で一番はじめに知る世にも暖かい単語を口にしたのに、何だか結婚詐欺 をしているちんぴらのように寒々しかった。頭が痛く、母という概念が濃縮された濃い濃い汁になって脳みそにしみていくような痛さだった。しかし同時にその発音は、左胸の下あたりにほんのりと熱い塊をつくった。何なんだろう、と思った。 　見れば真昼の病室、強烈に晴れた空が窓の外に見えた。私の記憶のようにすっからかんで、真っ青だった。

遠くに思いを馳せるような顔つきで思い出す

あのときのシーンが網膜にある

忙しさにかまけて忘れる