タクシーが、吸い寄せられたように、彼の眼前に滑って来た。

もう暗い影になった街並の中、夜のタクシーが河のようにカーブを曲がって次々にやってきていた。

空車のタクシーが何台も連なって走っていた。一台一台が僕の横に来ると様子を窺うように徐行する。それは僕を喰おうと物色する何か巨大な生き物のようにも見えた。

ロータリーに並ぶタクシーの色とりどりの行列が、人を乗せては羽ばたくように駅を離れて行く。

タクシーの料金メーターが動かないほどの、短い距離

この夜空のところどころにときどき大地の底から発せられるような奇矯（ききょう）な質を帯びた閃光（せんこう）がひらめいて、琴（こと）のかえ手のように幽毅（ゆうき）に、世の果ての審判（しんぱん）のように深刻に、夜景全局を刹那に地獄相（じごくそう）に変貌（へんぼう）せしめまた刹那にもとの歓楽相に戻（もど）す。それは何でもない。間近い城東電車のポールが電力線にスパークする光

むこうからトラックが埃を濛々とあげてこちらに向ってくる。

一人むす子と離れて来た母親に取って、バスは、寂寥（せきりょう）を護（まも）って呉（く）れる団欒的（だんらんてき）な乗りものだった。

兜（かぶと）虫のように見える装甲車

自転車はすうっと鳥のように近づいてきた