彼女が笑うと 微かにまわりの空気が膨らむ。

彼は、まるで流行に反抗でもするように、猶太（ユダヤ）人の爺がかぶりそうな古びた山高帽を放さない。その山高のような特別さ、淋しいような満ち足りていないような何かが伸子の心をひくのであった。彼がもう若くないのに貧乏しつつそのような研究をしているらしいのが同情を誘うのであろうか。或は、自分が生活力の充実を感じて活々した女だから、逆に暗い彼の存在に興味を覚えるだけなのであろうか。

海辺の朝らしい爽やかな情欲

（欲情）たとえば狭い 廊下 で 偶然 出会頭 に滝人名と 衝突 しかけることがある。そして両方でちょっとまごついて危うく身をかわし、ようやくすり抜けて行き過ぎるような場合がある。そういう時彼は胸でドキドキと血の動くのを感ずることがあった。それは不思議な 悩ましい快感であった。それが彼の胸を通り抜けて行く時、彼は興奮に似た何ものかで自分の顔の 紅くなるのを感じた。

不意に頭をなぐられたように母がいとしくなって

（恋心）しばらく彼女に会わないと、何か大事なものが足らない気がして、胸が軽い疼く

彼女は目を開けたまま唇を寄せ、彼もそれに目を開けたまま答えた。お互いがお互いの睫毛の羽ばたきを味わった後、彼女の方から唇を離した。

胸の高まりは突然に性の衝動となって変化した。

命懸けの恋

（失恋してますます好きになる）彼の恋は喪失の後の 殺伐 とした空気の中から徐々に成長し始めようとしていた。