薄暗く、音楽もない。ボンヤリと頭を休めるには 恰好 の店だ。

「カップルばかりだなあ、この店は。」

（深夜のパリのブラッスリー）時計は午前二時を過ぎた。攪（か）き廻（まわ）されて濃くなった部屋の空気は、サフランの花を踏み躙（にじ）ったような一種の甘い妖（あや）しい匂いに充（み）ち、肉体を気だるくさす代りに精神をしばしば不安に突き抜くほど鋭く閃（ひらめ）かせた。人と人との言葉は警句ばかりとなり、それも談話としてはほんの形式だけで、意味は身振りや表情でとっくの先に通じてしまう。廻転（かいてん）ドアの客の出入りも少くなり、その代り、詰めに詰め込んだという座席の客は、いずれもこの悪魔的の感興の時間に殉ずる一種の覚悟と横着とを唇の辺にたたえ、その気分の影響は、広間全体をどっしりと重いものに見せて来た。

ショーケースの中には可愛らしい自家製チョコレートや焼き菓子たちが、お行儀良く並べられて･･･穏やかな時間が流れる店内。

（喫茶店の外から）大きな木格子のガラス戸を通して電気ストーブの赤い火の色が見えた。いかにも暖かそうだ。コーヒーの香りがかすかに店の外にまで漂っていた。

何気なく空を見た。街のあちらこちらでネオンが灯っている。それは、いつもと変わらない。渋谷の風景だった。

千葉の刑務所は町からはなれたところにあって、旧陸軍の小兵舎の改造をしたものだった。近くに新築の小住宅がぼつぼつと建っていたが、以前の荒野の面影は残っていた。その代り外界を防ぐ高いコンクリート塀はなく、米軍の施設のように金網が周囲にめぐらされているだけだった。

野球部がひとかたまりになってランニングしていた。《…略…》紺色のアンダーシャツと白いユニフォームが、規則正しく上下に揺れていた。

古くて安い、サービスと清潔さの不足した五階建てのビジネスホテル

田舎医者の待合室みたいな畳敷きの待合室に通される。いかにも疲れたような人達が思い思いに待っている。