蛆（うじ）が湧いたような掘立小屋

切符売場のようになった小さい小舎（こや）

この小屋に一人でいることが、まるで深い井戸の底に嵌ったように、ぬき差しならない感覚に陥った。

アンペラ張りの店

白い家鴨（あひる）の小屋のような小さな酒場

掘立小屋（ほったてごや）同様の所に寝起きをいたして

（家の中が酸っぱい）驚いたのは匂いである。 　ひどく酸っぱい。 　九鬼本は、はじめ、五目ずしでも大量に作ったのかと思った。《…略…》酸っぱい、といったところで、ツーンと鼻にくるような酸っぱさではない。 　夏場は、たきたてのご飯に酢をまぜ、 団扇 であおいでいるときのような、蒸れたような酸っぱさだった。 　ひんやりした時候になると、 海苔巻 や 稲荷 ずしの匂いになった。 　うち全体が匂うのである。 　いや、うちも人も、酸っぱい匂いがした。

二階がやわなので、地震のように、家がうごく。

〈パール・ハイツ〉という、きれいなのは名前だけで外観はおんぼろの木造二階建てアパート

そこはスラムと呼んでいいくらいの貧しい町だった。 　バラックのような長屋が並び、住人たちも貧しかった。町全体から鼻を突くような臭いがした。

今にも崩れそうに傾いた古い軒

取り壊し寸前の安アパート

余計なもののついていないシンプルな鉄筋のアパート

白魚のくねったように細長く湾曲している町の姿

しかし廃墟とは違う。朽ちかけたコンクリートの中に人の息遣いが含まれているのを、わたしは確かに感じ取ることができるからだ。