(難解な数式を地面に書き付ける)博士はベンチの下に落ちていた小枝を拾い、地面に何かを書き付けていった。何か、という以外、表現のしようがないものだった。数字があり、アルファベットがあり、秘密めいた記号があり、それらがまた連なり合って一続きの形を成していた。発せられる言葉の意味は一つとして理解できなかったが、そこには確固たる筋道があり、その真ん中を博士が突き進んでいるのは分かった。堂々として威厳があった。散髪屋で見せた緊張は消え失せていた。枯れかけた小枝は、博士の意志を休みなく地面に刻み付けていった。いつしか二人の足元には、数式で編まれたレース模様が広がっていた。
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 ページ位置:23% 作品を確認(amazon)
この表現が分類されたカテゴリ
数学者
数式
しおりに登録する
前後の文章を含んだ引用
......論、ディオファントス近似等を用いて……途中、アルティン予想の成立していない三次形式を見つけようと……結局、特殊な条件を付けたタイプについて得られた証明を……」 博士はベンチの下に落ちていた小枝を拾い、地面に何かを書き付けていった。何か、という以外、表現のしようがないものだった。数字があり、アルファベットがあり、秘密めいた記号があり、それらがまた連なり合って一続きの形を成していた。発せられる言葉の意味は一つとして理解できなかったが、そこには確固たる筋道があり、その真ん中を博士が突き進んでいるのは分かった。堂々として威厳があった。散髪屋で見せた緊張は消え失せていた。枯れかけた小枝は、博士の意志を休みなく地面に刻み付けていった。いつしか二人の足元には、数式で編まれたレース模様が広がっていた。「一つ、私の発見について、お話ししても構わないでしょうか」 小枝が動きを止め、沈黙が戻ってきた時、自分でも思いがけないことを口走っていた。レース模様の美しさに心......
単語の意味
レース
散髪(さんぱつ)
レース・・・1.透かし模様のある薄い布。薄かったり小さな隙間が多かったりして向こう側が見えるつくりの布。「レースのカーテン」
2.競い合うスポーツ競技。ゴールを目指して争うこと。
2.競い合うスポーツ競技。ゴールを目指して争うこと。
散髪・・・1.伸びた髪を切って、整えること。理髪(りはつ)。
2.束ねて縛らないで、散らした髪。散らし髪。乱れた髪。
2.束ねて縛らないで、散らした髪。散らし髪。乱れた髪。
ここに意味を表示
数学者の表現・描写・類語(職業・仕事のカテゴリ)の一覧 ランダム5
(数学者)博士は私を呼ぶ時、必ずこう言った。 「ちょっとすまないが、君……」 たとえオーブントースターのつまみを三分半に合わせてもらいたいだけの時でさえ、ちょっとすまないが、の一言を付け加えるのを忘れなかった。ギリギリッと私がつまみを回すと、首をのばし、トーストが焼き上がるまでオーブンの中を覗き込んでいた。まるで私の示した証明が、一つの真理に向かって進んでゆく様を見届けようとするかのように、そしてその真理がピュタゴラスの定理と同等の価値を持つとでもいうかのように、トーストに見惚れていた。
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 amazon
このカテゴリを全部見る
数式の表現・描写・類語(学問のカテゴリ)の一覧 ランダム5
ここにある一ページ一ページが、宇宙の秘密を解く設計図なのだろうか。
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 amazon
(ノートのページいっぱいに書かれた数式)私はページを撫でた。博士の書き記した数式が指先に触れるのを感じた。数式たちが連なり合い、一本の鎖となって足元に長く垂れ下っていた。私は一段一段、鎖を降りてゆく。風景は消え去り、光は射さず、音さえ届かないが怖くなどない。博士の示した道標は、なにものにも侵されない永遠の正しさを備えていると、よく知っているから。 自分の立っている地面が、更に深い世界によって支えられているのを感じ、私は驚嘆する。そこへ行くには数字の鎖をたどるより他に方法がなく、言葉は無意味で、やがて自分が深みに向かおうとしているのか、高みを目指そうとしているのか、区別がつかなくなってくる。ただ一つはっきりしているのは、鎖の先が真実につながっているということだけだ。 私は最後の一冊の、最後のページをめくる。不意に鎖は途切れ、私は暗闇の中に取り残される。もうあと少し歩みを進めれば、目指すものはすぐそこにあるかもしれないのに、どんなに目を凝らしても、次に踏み締めるべき数字はどこにも見つけられない。
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 amazon
(足元に書き付けた難解な数式)今、私たちの足元にだけ、宇宙の秘密が透けて浮かび上がっているかのようだった。神様の手帳が、私たちの足元で開かれているのだった。
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 amazon
このカテゴリを全部見る
「職業・仕事」カテゴリからランダム5
浮浪者が筵(むしろ)の上に芋虫のように転がっている
山崎 豊子 / 暖簾 amazon
ウェイターが、銀のトレーに何か美しい飲み物を持って私たちの 脇 をすりぬけて行った。
吉本 ばなな「アムリタ(下) (新潮文庫)」に収録 amazon
「学問」カテゴリからランダム5
(素数)1と自分自身以外では割り切れない、一見頑固者風の数字
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 amazon
(足元に書き付けた難解な数式)今、私たちの足元にだけ、宇宙の秘密が透けて浮かび上がっているかのようだった。神様の手帳が、私たちの足元で開かれているのだった。
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 amazon
学ぶことが砂のように多すぎて、岩をつかめない。同じ調律を見ても、秋野さんならば、がし、がし、と岩場を越えていく足掛かりを得られたかもしれないのだ。《…略…》たくさんの砂が押し寄せてきて、僕は溺れそうになりながら、それを一粒でもつかもうと必死だった。
宮下 奈都「羊と鋼の森 (文春文庫)」に収録 amazon
同じカテゴリの表現一覧
職業・仕事 の表現の一覧
学問 の表現の一覧
暮らしの表現 大カテゴリ