(数学者)博士は私を呼ぶ時、必ずこう言った。 「ちょっとすまないが、君……」 たとえオーブントースターのつまみを三分半に合わせてもらいたいだけの時でさえ、ちょっとすまないが、の一言を付け加えるのを忘れなかった。ギリギリッと私がつまみを回すと、首をのばし、トーストが焼き上がるまでオーブンの中を覗き込んでいた。まるで私の示した証明が、一つの真理に向かって進んでゆく様を見届けようとするかのように、そしてその真理がピュタゴラスの定理と同等の価値を持つとでもいうかのように、トーストに見惚れていた。
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 ページ位置:1% 作品を確認(amazon)
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前後の文章を含んだ引用
......うに、自分の頭に手をやった。 しかし、博士は教えるだけの人ではなかった。自分が知らない事柄に対しては謙虚であり、マイナス1の平方根に負けないくらい遠慮深かった。博士は私を呼ぶ時、必ずこう言った。「ちょっとすまないが、君……」 たとえオーブントースターのつまみを三分半に合わせてもらいたいだけの時でさえ、ちょっとすまないが、の一言を付け加えるのを忘れなかった。ギリギリッと私がつまみを回すと、首をのばし、トーストが焼き上がるまでオーブンの中を覗き込んでいた。まるで私の示した証明が、一つの真理に向かって進んでゆく様を見届けようとするかのように、そしてその真理がピュタゴラスの定理と同等の価値を持つとでもいうかのように、トーストに見惚れていた。 あけぼの家政婦紹介組合から、私が初めて博士の元へ派遣されたのは、一九九二年の三月だった。瀬戸内海に面した小さな町のその組合に登録された家政婦の中で私は一番若か......
単語の意味
見惚れる(みほれる・みとれる)
首・頸・頚(くび)
見惚れる・・・あるものに心引かれて、ぼーっと見る。素敵なものに我を忘れて見入る。見とれる。
首・頸・頚・・・1.頭と胴体をつなぐ細い部分。頸部(けいぶ)。また、「頭」そのものを指す場合もある。
2.1に似た役割を果たす部分や似た格好の部分。衣服の襟(首にあたる部分)。「びんの首」「セーターの首」など。
3.免職や解雇することをあらわす。首を切るという意味から。
2.1に似た役割を果たす部分や似た格好の部分。衣服の襟(首にあたる部分)。「びんの首」「セーターの首」など。
3.免職や解雇することをあらわす。首を切るという意味から。
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数学者の表現・描写・類語(職業・仕事のカテゴリ)の一覧 ランダム5
(数学者が難問の数学を解くこと)「こんなもの、ただのお遊びにすぎない」 謙遜するというよりは、淋しげな調子で彼は言った。 「問題を作った人には、答えが分かっている。必ず答えがあると保証された問題を解くのは、そこに見えている頂上へ向かって、ガイド付きの登山道をハイキングするようなものだよ。数学の真理は、道なき道の果てに、誰にも知られずそっと潜んでいる。しかもその場所は頂上とは限らない。切り立った崖の岩間かもしれないし、谷底かもしれない」
小川洋子「博士の愛した数式 (新潮文庫)」に収録 amazon
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刀鍛冶 は単なる職人ではなく、霊感を受けた芸術家であり、その仕事場は聖なる場所であった。彼らは毎日、神仏に祈り、身を清めてから仕事にかかった。いわゆる「その心魂気迫を打って 錬鉄 錬 冶 した」のである。 槌 を振るい、水につけ、 砥石 で 研く、その一つ一つの動作が厳粛な宗教的な行為であった。
新渡戸稲造 訳:岬龍一郎「いま、拠って立つべき“日本の精神” 武士道 (PHP文庫)」に収録 amazon
兵隊が、カアキ色の波のように群れ
上林 暁 / 野「上林暁全集〈第3巻〉小説(3)」に収録 amazon
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