手が震える。必死にイアフォンのコードを引っ張り耳に突っ込む。麻薬中毒がドラッグを求める姿と似ていた。不安感が自分を押し潰す前に、クスリを投与しなくてはいけない。クスリは耳から注入する。ウォークマンの再生ボタンを押した。 　病院の名は、「ビートルズ」だ。この場合の薬剤師はきっと、「ジョージ・ハリスン」で、薬の名前は、「HERE COMES THE SUN」だった。 　ボリュームを上げ目を閉じ、じっと聴く。「It's All Right」と繰り返される。豊田はそれを自分の中で何度も繰り返した。「大丈夫だ。大丈夫だ。It's All Right」と繰り返し、不安感を取り除いていく。二回同じ曲を聴く。

体の内側の汚れが洗い落とされていくような感触の音楽

（中学のころに聞いたビーチボーイズ）何というか、特別な音だった。親密でスイートな音だ。いつも太陽が輝いていて、海の香りがして、となりに綺麗な女の子が寝転んでいるような音だ。唄を聴いているとそういう世界が本当に存在しているような気持ちになった。いつまでもみんなが若く、いつまでも何もかもが輝いているようなそういう神話的世界だよ。

理屈っぽくて硬質な、ドラマティックで情念的なベートーヴェン

音と音の余韻が連鎖して旋律になる

葉の音がざわざわと鳴りながら、落ちてくる。

（颯爽と歩く）ピンのように尖った靴を綺麗に鳴らしてサユリは歩く。

ドアに耳をくっつけてみる。 　静かだ。如月の言うとおり、ドアを開けると無人の場所が広がっているみたいだ。

突然それ（＝号泣）が夜の沈黙に呑まれたようにフット消えて行く

追い込まれたばかりの豚小舎のように賑やかに騒々しい