一時だって、神去村から離れたくない。毎日、退屈する暇もなく生命力を増していく村の風景を、なにひとつ見逃したくない。《…略…》それぐらい、夏の景色は迫力だった。

梅雨が明けるのを待ちかねていたように、暑さはどんどん増していった。 　蟬の声が、神去村を囲む山々から降ってくる。空気が澄んでいるぶん、日射しが直接肌に刺さって、ひりひりする。ぬるい風に乗って、草いきれのにおいが家のなかまで入ってくる。稲は穂をのばし、トウモロコシが茎にたがいちがいに実り、スイカはそこらの畑にごろごろしている。夏まっさかりだ。

六月の林の梢が湯船に映りこむ昼過ぎの静かさ

荒れた桜の森にかまびすしく 油蝉あぶらぜみ の鳴く、真夏の午後

浴衣の袖を揺らす夏の風

ジリジリと音が聞こえそうな午後の陽光

車内はむせるように暑くて、涼しげに飛び去ってゆく景色とかみあわなかった。頭がまひしたようで、うまく考えられなかった。

あたりはまだ明るかったので、それは何の変哲もない黒い水辺の虫にしか見えなかった《…略…》蛍はなんだか眠そうな顔をしていた。

地獄の釜で煮られているような夏

裾野が初夏の強い陽を浴びて燃えるように青い