麦茶を飲む。それがさみしい、という言葉もいっしょに、飲み込む。

飛び出てきそうな言葉がそこで足踏みをしている

「感じたこと全部をわざわざ口に出す必要はないんだよ。誰もが心の中で思っているだけならば、世界は平和だ」

口の先まで出かかった言葉をそのまま凍結させる

錠剤のように言葉を飲み込む

言葉をためるように口をもぐもぐさせた。そして、満を持して口を開いた。

「何考えてる。どうして黙ってる」 「絃には分かってもらえない感覚かもしれないけれど、いま頭の中が空白なの」 「じゃあ、さっき暗い顔になってため息ついていたけれど、何も考えてなかったんだね？」 「さっきまで考えていたんだけど、絃にかれた途端、真っ白になった」 　絃と一緒にいると感情と思考が言葉ではなく音楽で流れて、感情に合わせてメロディが暗くなったり明るくなったりする。演奏がいきなり途切れた今、ホールには何の音もしない。さっきまでは暗いメロディが流れていたのと正直に言ってみたかったが、事実だとしても口に出した途端頭のたがが外れかけているふうに聞こえるのはわかっていたので、彼には言い出せなかった。

ぼくは自分の中に言葉を探した。でも言葉は見つからなかった。

こみ上げて来る嬉しさと恋しさとで、口が利けなくなってしまった。

質問を重ねると、また黙ってしまう。キーを叩いても叩いても、なかなか反応しない古いパソコンを思い出させる。

（声を絞り出す）栄養失調四度の患者が枯竹のような全身の最後の力をしぼり出した声で

気圧されたように神妙に答える

言葉を探しているのだろう。彼の口は、彼自身の体重よりも重そうだった。

心ここにあらずでいい加減に聞いている

（言いにくいことを話す）紅茶を飲み、おしぼりで手をふいて、ため息をつく。同じ動作を三回繰り返したあと、肩で大きく息をすると、ようやく顔を上げた。 「聞いてくれる？」 　のどをうるおしたはずなのに、小さくかすれるような声だ。