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もうそろそろ寝ようと思いながらマニキュアを塗っていたら、突然、津波のように淋しさが襲ってきた。 もう会えない、ここで一緒に暮らせない。 言葉ではさっきからわかっていた、何でそんな簡単なことが実感できなかったんだろう、と自問してみたら、ひとりきりになってなかったからだ、と気づいた。 今はじめてこの夜の中、ひとりになってみてこの家の雰囲気ががらりと違ってきていたのがわかった。それは父が死んだ夜や、母が離婚してはじめての夜や、真由が家を出た日の夜に似ていた。 荒れて、ひんやりした感じ。 不在の、こころもとない感じ。 別れの、絶対的な孤独の感じ。 気が抜けて、この空間の不自然な沈黙の意味に気づく。空気が、別れの気配を吸い取って静かによどんでいる。昨日まで、この時間には同じ屋根のしたで眠っていた人が、多分永久にその暮らしに戻ることはない。 どんなに言葉で言おうとしても、その圧倒的によせてくる淋しさの力にはかなわなかった。 部屋中に、まだ純子さんの気配があった。 ありとあらゆる思い出のエネルギーがこの家を、まるで本人のように去るまでずいぶん時間がかかるだろう。
吉本 ばなな「アムリタ(下) (新潮文庫)」に収録 ページ位置:67% 作品を確認(amazon)
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出会いと別れ
突然さびしさを感じる
孤独・一人ぼっち
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前後の文章を含んだ引用
......りにまだ居間でコーヒーを飲んでいた。 暗くして、小さな音で深夜番組を見ていた。 二時はまわっていた。母は朝がえりになるだろうと思って、玄関には鍵をかけていた。 もうそろそろ寝ようと思いながらマニキュアを塗っていたら、突然、津波のように淋しさが襲ってきた。 もう会えない、ここで一緒に暮らせない。 言葉ではさっきからわかっていた、何でそんな簡単なことが実感できなかったんだろう、と自問してみたら、ひとりきりになってなかったからだ、と気づいた。 今はじめてこの夜の中、ひとりになってみてこの家の雰囲気ががらりと違ってきていたのがわかった。それは父が死んだ夜や、母が離婚してはじめての夜や、真由が家を出た日の夜に似ていた。 荒れて、ひんやりした感じ。 不在の、こころもとない感じ。 別れの、絶対的な孤独の感じ。 気が抜けて、この空間の不自然な沈黙の意味に気づく。空気が、別れの気配を吸い取って静かによどんでいる。昨日まで、この時間には同じ屋根のしたで眠っていた人が、多分永久にその暮らしに戻ることはない。 どんなに言葉で言おうとしても、その圧倒的によせてくる淋しさの力にはかなわなかった。 部屋中に、まだ純子さんの気配があった。 ありとあらゆる思い出のエネルギーがこの家を、まるで本人のように去るまでずいぶん時間がかかるだろう。 淋しさは、私の思考を覆い、部屋に満ち、私の他に幹子が眠るだけのこの家を、柔らかく包み込んでいった。この間までは五人がひしめきあってうるさく暮らしていた。今はが......
単語の意味
圧倒(あっとう)
圧倒的(あっとうてき)
永久(えいきゅう・とわ・とこしえ)
圧倒・・・ひときわ優れた力を持っていること。他よりとても勝っていること。また、その力で相手を押さえつけること。
圧倒的・・・他とは比べ物にならないほど優れていること。
永久・・・いつまでも変わらず続くこと。永く久しい(=時間が経過している)こと。
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出会いと別れの表現・描写・類語(人間関係・地位のカテゴリ)の一覧 ランダム5
男と私は精養軒の白い食卓につくと、日本料理でささやかな別宴を張った。
林芙美子 / 新版 放浪記
(人と別れて)闇の中を遠ざかってゆく船をひとり見送っているようだ。
吉本 ばなな / 哀しい予感 amazon
改札口で加代ちゃんを見送ったときは笑顔を保てたのに、一人でぽつんと取り残されると急に寂しさが込み上げてきました。
湊 かなえ「花の鎖 (文春文庫)」に収録 amazon
私は熟した実が落ちるようにあの場をはなれ
吉本 ばなな / 大川端奇譚「とかげ (新潮文庫)」に収録 amazon
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他人の弱みにつけこんでダニみたいに喰らいつく
宮本 輝 / 夢見通りの人々 amazon
たましいよりも何だか肉体に浸 み込んだ親子の縁
岡本かの子 / 雛妓
お互い相手をそよ吹く風ぐらいにしか感じられないほどに、親しい。
あさの あつこ「ガールズ・ブルー〈2〉 (文春文庫)」に収録 amazon
姉の気持ち、私の気持ち、これを問題にするまでもなく数千里の距離のある事だ。
林芙美子 / 新版 放浪記
「寂しい・喪失感」カテゴリからランダム5
医師が来るまで小一時間病人と二人ぎりで、伸子は名状し難い孤立感を覚えた。この大都会の生活と自分達の生存とはいざとなると何と無関係なことか。周囲の冷然とした感じが伸子の心にこたえた。
宮本百合子 / 伸子
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