スタジオ内の撮影スペースは、床と壁が全く同じ明るさの白色で統一されているので、その空間だけまるで奥行きがないように見える。

赤い太鼓腹を巾（はば）広く浮かばしている汽船や、積荷最中らしく海の中から片袖（かたそで）をグイと引張られてでもいるように、思いッ切り片側に傾いているのや、黄色い、太い煙突、大きな鈴のようなヴイ、南京虫（ナンキンむし）のように船と船の間をせわしく縫っているランチ、寒々とざわめいている油煙やパン屑（くず）や腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波……。風の工合で煙が波とすれずれになびいて、ムッとする石炭の匂いを送った。ウインチのガラガラという音が、時々波を伝って直接（じか）に響いてきた。

港といっても黒い小石をつみかさねた舟着場が一つあるだけで、浜辺には頼りなげな小舟が二 隻、引き揚げられている。

水鳥はもう寝たのか、障子の硝子戸（ガラスど）を透してみると上野の森は深夜のようである。それに引代え廊下を歩く女中の足音は忙しくなり、二つ三つ隔てた座敷から絃歌（げんか）の音も聞え出した。料亭持前の不夜の営みはこれから浮き上りかけて来たようである。

築港には鴎（かもめ）のように白い水兵達が群れていた。

（天井がガラス張りの室内プール）ここはとても温かい。何か巨大な動物の体内に飲み込まれたようだ、といつも思う。しばらく坐っていると、髪やまつげや制服のブラウスが、ここの温かさを吸い込んでしっとり潤んでくるのがわかる。汗よりもサラサラとして、ほんの少しクレゾールのにおいのする湿り気がわたしを包む。