そのとき僕は余程彼女を食事にでも誘おうかと思ったのだけれど、結局誘わなかった。電話で話しているうちに、何だかそんなのはどうでもいいことであるような気分になってしまったのだ。《…略…》何かをしてみようという気になっても、その行為がもたらすはずの結果とその行為を回避することによってもたらされるはずの結果とのあいだに差異を見出すことができなくなってしまうのだ。
村上春樹 / 象の消滅「パン屋再襲撃 (文春文庫)」に収録 ページ位置：94% 作品を確認（amazon）
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......傘だった。「どうもありがとう」と彼女は言った。「おやすみ」と僕は言った。 それっきり僕は彼女と会っていない。一度だけ広告記事の細部について我々は電話で話をした。そのとき僕は余程彼女を食事にでも誘おうかと思ったのだけれど、結局誘わなかった。電話で話しているうちに、何だかそんなのはどうでもいいことであるような気分になってしまったのだ。 象の消滅を経験して以来、僕はよくそういう気持になる。何かをしてみようという気になっても、その行為がもたらすはずの結果とその行為を回避することによってもたらされるはずの結果とのあいだに差異を見出すことができなくなってしまうのだ。ときどきまわりの事物がその本来正当なバランスを失ってしまっているように、僕には感じられる。あるいはそれは僕の錯覚かもしれない。象の事件以来僕の内部で何かのバラン......
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