（街中でラジオから流れるセレナーデ）都会の夜の曲。メカニズム化したセレナーデよ、あんなに美しい唄を、ラジオは活字のように街の空で唸（うな）っている。騒音化した夜の曲。

渾然一体となった夜の都会の喧騒は、水分を多量に含んでいて、鈍い渦となって立ち込めている

街頭の騒音が、春の野の蜂のうなりのように遠くかすんで、耳をこころよくくすぐる

ビル工事の騒音が凄まじい

人の足音や車の騒音が奏でる「生活」という騒音

周囲の住宅は少しずつ疎らになっていって、やがて木立に囲まれた未舗装の山道に入った。

待ち合わせであちこちに立っている人々。文庫本を読んだり、道行く人を眺めたり、待ち合わせの相手を発見して駆け寄ったりしている。

神去山が遠く、夕方の空に稜線を浮かびあがらせている。

西の方へ瞳（ひとみ）を落すと鈍（にぶ）い焔（ほのお）が燻（いぶ）って来るように、都会の中央から市街の瓦（かわら）屋根の氾濫（はんらん）が眼を襲（おそ）って来る。それは砂町一丁目と上大島町の瓦斯（ガス）タンクを堡塁（ほるい）のように清砂通りに沿う一線と八幡（やわた）通りに沿う一線に主力を集め、おのおの三方へ不規則に蔓延（まんえん）している。近くの街の屋根瓦の重畳（ちょうじょう）は、躍（おど）って押（お）し寄せるように見えて、一々は動かない。そして、うるさいほど肩（かた）の数を聳（そびや）かしている高層建築と大工場。灼熱（しゃくねつ）した塵埃（じんあい）の空に幾百（いくひゃく）筋も赫（あか）く爛（ただ）れ込んでいる煙突（えんとつ）の煙（けむり）。

暗い谷間の樹木のように、黒くおたがいに閉ざしあって群がっている小さな集落