蛍光灯の点滅と自分の余命を思わず重ね合わせた

人は自分の死を自覚したときから、生きる希望と死への折り合いをゆるやかにつけていくだけなんだ。たくさんの些細な後悔や、叶えられなかった夢を思い出しながら。

（ジャングルをさまよう日本兵のが感じた死の予感）比島の熱帯の風物は私の感覚を快く揺った。マニラ城外の柔らかい芝の感覚、スコールに洗われた 火焔かえん 樹じゅ の、眼が覚めるような朱の 梢、原色の朝焼と夕焼、紫に 翳かげる火山、 白浪しらなみ をめぐらした 珊瑚礁、水際に蔭を含む叢等々、すべて私の心を 恍惚 に近い歓喜の状態においた。こうして自然の中で絶えず増大して行く快感は、私の死が近づいた確実なしるしであると思われた。

ずっと救命を続けているんですが、ちょっとこれ、心臓が動き出す気配がないもんですから……」 　尋恵は重い空気に全身をからめとられて、身じろぎ一つできなくなっていた。

（これから弟の余命宣告を受ける）「しかし、弟さんは、かなり、こ、……困難な状況にあります。」 　こんなん、という言葉が何か特殊な意味を持っているかのように、Ｓ医師はそこのところでひどく吃った。 「困難……ですか。」 　わたしは、太腿の輪郭を目でなぞりながらつぶやいた。 　自分が、どこか特別な場面に投げ出されたような気がした。ロッカールームで、水泳部の彼が濡れた水着をわたしの制服に押しつけてきた時、警察の霊安室で、母親の唇がぐったりと色あせているのを見た時、そんな時に感じたのと同じ種類の気持ちだ。何年かたって思い出す時も、ああ、あの時は特別だったんだ、と感じるような、せつなくて息苦しい場面だ。

きょうもまず命は無事だったという底深い喜びがひとりでにわき出して来て、陸に対する不思議なノスタルジヤが感ぜられる。

熱に浮かされながら一歩一歩なんの心のわだかまりもなく死に近づいて行く貞世の顔が神々（こうごう）しいものにさえ見えた。

死んでから幾日も経ち、内臓なども乾きついてしまった蠅がよく埃（ほこり）にまみれて転がっている

わたしたちは、彼の死が心の中にもたらした透明な静けさを、それぞれ大切に抱えたまま別れた。

（新生児）産院の、小舟のような形の透明なベッドに収まった赤ん坊を見た時、自分の中にわいたのは、喜びよりも怖れに近いものだった。生まれてからまだ数時間しか経っておらず、まぶたにも、耳たぶにも、踵にも、さっきまで羊水に浸かっていたふやけた感じが残っていた。目は半ば閉じられていたが、眠ってはいないらしく、大きすぎて身体に馴染まない産着からはみ出た手足を、小刻みに動かしていた。まるで、間違った場所に置き去りにされた不満を、誰かに訴えているかのようだった。