りこさんが木枠の金具を締め上げ、針を通してゆくと、誰にも真似できない世界がそこに浮かび上がってきた。ワンピースの胸元に咲くお花畑も、ロンパースのお尻で向かい合うリスも、上から付け足したのではなく、布の向こうに隠れていたものたちが何かの拍子にこちら側へ現れ出てきたという自然さをまとっていた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 ページ位置:36% 作品を確認(amazon)
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ししゅう
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......に、どこかしら特別な手触りがする、と母は評していた。配色、バランス、針のさばき方、糸の選択、何が他の人と違うのか先生でさえも的確には説明できないのだが、ひとたびりこさんが木枠の金具を締め上げ、針を通してゆくと、誰にも真似できない世界がそこに浮かび上がってきた。ワンピースの胸元に咲くお花畑も、ロンパースのお尻で向かい合うリスも、上から付け足したのではなく、布の向こうに隠れていたものたちが何かの拍子にこちら側へ現れ出てきたという自然さをまとっていた。 しかし何より特別なのは、彼女の集中力だろう。刺繡に取り掛かった時は、息さえしていないのではないかと思うほどだった。こうなるともう相手はしてもらえず、仕方なく私......
単語の意味
胸元・胸許(むなもと)
尻・臀・後(しり)
栗鼠(りす)
胸元・胸許・・・胸の元・許(=付け根)。胸のあたり。胸先・胸前(むなさき)。
尻・臀・後・・・1.腰のうしろ下部で、肉が豊かについている部位。座るときや腰をかけるときに下に位置するところ。肛門(こうもん)と尾てい骨がある辺り。尻(けつ)。臀部(でんぶ)。御居処(おいど)。
2.衣服の1にあたる部分。「ズボンの尻」
3.和服の腰から下の、裾(すそ)のほうの部分。
4.物事や長く続いているモノの、後方や一番あと。終わりの部分。しまい。最後。末端(まったん)。結果。
5.容器の外側の底の部分。また、果物の底部。「鍋の尻」
2.衣服の1にあたる部分。「ズボンの尻」
3.和服の腰から下の、裾(すそ)のほうの部分。
4.物事や長く続いているモノの、後方や一番あと。終わりの部分。しまい。最後。末端(まったん)。結果。
5.容器の外側の底の部分。また、果物の底部。「鍋の尻」
栗鼠・・・リス科のげっ歯類の総称。森林にすむ小動物。夏毛は赤褐色、冬毛は黄褐色で、腹は白い。長くふさふさした尾を持つ。主に木の上で活動し、木の実や木の葉、昆虫などを食べる。木鼠(きねずみ)。
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金具の本格的な銀色がお気に入りだった。木枠がギシギシと 軋み、もうこれ以上は我慢できないといった様子で布が目一杯張り詰められてゆく、その感触がたまらなかった。《…略…》木枠の軋む音がいよいよ苦しげになってもまだ私はあきらめず、更にもう一回転金具を回せないかと試みた。枠が割れるのと布が破れるのとどちらが先か、ぎりぎりのところまで指先に力を込めた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
りこさんが木枠の金具を締め上げ、針を通してゆくと、誰にも真似できない世界がそこに浮かび上がってきた。ワンピースの胸元に咲くお花畑も、ロンパースのお尻で向かい合うリスも、上から付け足したのではなく、布の向こうに隠れていたものたちが何かの拍子にこちら側へ現れ出てきたという自然さをまとっていた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
ハンカチのイニシャルは見事だった。安っぽい一枚の布切れが、片隅にたった二つ、文字を刺繡されただけで優美な服飾品に変身していた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
(イニシャルのししゅうがほどける)ふと、爪の先が糸に引っ掛かった。ほんの 微かな一瞬だった。はっと思う間もなく、するすると糸が解けていった。あらかじめ定められた決まりに従うように、りこさんの手つきをなぞるように、アルファベットはごく自然に一本の糸に戻っていった。《…略…》小さな針の穴の連なりだけを残し、私の名前は宙に溶けて消えてしまった。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
それぞれに施された刺繡の手触りが 蘇ってくる。あるものは袖口の内側に遠慮がちに隠れつつ、守護天使のように私を見守り、またあるものは胸元の一番目立つ場所に陣取り、邪悪なものを追い払う護符となっていた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
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