金具の本格的な銀色がお気に入りだった。木枠がギシギシと 軋み、もうこれ以上は我慢できないといった様子で布が目一杯張り詰められてゆく、その感触がたまらなかった。《…略…》木枠の軋む音がいよいよ苦しげになってもまだ私はあきらめず、更にもう一回転金具を回せないかと試みた。枠が割れるのと布が破れるのとどちらが先か、ぎりぎりのところまで指先に力を込めた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 ページ位置:30% 作品を確認(amazon)
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ししゅう
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前後の文章を含んだ引用
......が、仕事の邪魔にならない限り、頼みごとはたいてい何でも聞いてくれた。私は二重になった木枠をばらし、間に布を挟み、張り切って金具を締め上げた。子供だましではない、金具の本格的な銀色がお気に入りだった。木枠がギシギシと軋み、もうこれ以上は我慢できないといった様子で布が目一杯張り詰められてゆく、その感触がたまらなかった。「どうしてあなただけお仕事しているの? 先生はさぼってるのに」 ソファーでお喋りしている二人を見やりながら私は尋ねた。「だって……」 作業の手を休めずに彼女は言った。「私はお針子だもの」「おはりこ、って何?」「針を動かす子」「ふうん」 木枠の軋む音がいよいよ苦しげになってもまだ私はあきらめず、更にもう一回転金具を回せないかと試みた。枠が割れるのと布が破れるのとどちらが先か、ぎりぎりのところまで指先に力を込めた。「壊さないでよ」「うん」「怒られるのはこっちなんだから」「平気。大丈夫よ、りこさん」 いつしか自分でも気づかないうちに、おはりこさん、と言うのがまどろっこしくな......
単語の意味
指先(ゆびさき)
指先・・・手や足の、指の先端。指の先っぽ。指頭(しとう)。指端(したん)。
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金具の本格的な銀色がお気に入りだった。木枠がギシギシと 軋み、もうこれ以上は我慢できないといった様子で布が目一杯張り詰められてゆく、その感触がたまらなかった。《…略…》木枠の軋む音がいよいよ苦しげになってもまだ私はあきらめず、更にもう一回転金具を回せないかと試みた。枠が割れるのと布が破れるのとどちらが先か、ぎりぎりのところまで指先に力を込めた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
りこさんが木枠の金具を締め上げ、針を通してゆくと、誰にも真似できない世界がそこに浮かび上がってきた。ワンピースの胸元に咲くお花畑も、ロンパースのお尻で向かい合うリスも、上から付け足したのではなく、布の向こうに隠れていたものたちが何かの拍子にこちら側へ現れ出てきたという自然さをまとっていた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
(イニシャルのししゅうがほどける)ふと、爪の先が糸に引っ掛かった。ほんの 微かな一瞬だった。はっと思う間もなく、するすると糸が解けていった。あらかじめ定められた決まりに従うように、りこさんの手つきをなぞるように、アルファベットはごく自然に一本の糸に戻っていった。《…略…》小さな針の穴の連なりだけを残し、私の名前は宙に溶けて消えてしまった。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
それぞれに施された刺繡の手触りが 蘇ってくる。あるものは袖口の内側に遠慮がちに隠れつつ、守護天使のように私を見守り、またあるものは胸元の一番目立つ場所に陣取り、邪悪なものを追い払う護符となっていた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
ハンカチのイニシャルは見事だった。安っぽい一枚の布切れが、片隅にたった二つ、文字を刺繡されただけで優美な服飾品に変身していた。
小川 洋子 / 亡き王女のための刺繡「口笛の上手な白雪姫」に収録 amazon
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(ありきたりなストーリーの退屈な映画)映画は当然すぎるほど当然な筋を辿って凡庸に進展していった。台詞も凡庸なら、音楽も凡庸だった。タイム・カプセルに入れて「凡庸」というラベルを貼って土に埋めてしまいたいくらいのものだった。
村上 春樹 / ダンス・ダンス・ダンス(下) amazon
TVはまるで友達のように思えるけれど、実は壁と大差ない、なぜならもし強盗が入ってきて部屋の主が殺されても、TVは何事もなく映り続けるから
吉本 ばなな「アムリタ〈上〉 (新潮文庫)」に収録 amazon
パチ、パチ、と音がする。中で、将棋 をやっているらしい。
吉川英治 / 治郎吉格子
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