わたしはやはりこの人に恋をしているのだ《…略…》そしてこの恋はわたしをどこかに運び去ろうとしている。しかしその強い流れから身を引くことはもはやできそうにない。わたしには選択肢というものがひと切れも与えられていないからだ。わたしが運ばれていくところは、これまで一度も目にしたこともないような特別な世界であるかもしれない。それはあるいは危険な場所かもしれない。そこに潜んでいるものたちがわたしを深く、致命的に傷つけることになるかもしれない。わたしは今手にしているすべてのものをなくしてしまうかもしれない。でもわたしにはもうあと戻りすることはできない。目の前にある流れのままに身をまかせるしかない。たとえわたしという人間がそこで炎に焼き尽くされ、失われてしまうとしても。
村上春樹「スプートニクの恋人 (講談社文庫)」に収録 ページ位置:11% 作品を確認(amazon)
この表現が分類されたカテゴリ
恋に落ちる
しおりに登録する
前後の文章を含んだ引用
......やってきて、空になった大きなグラスに氷水をついだ。そのからからという音がすみれの混乱した頭の中で、洞窟に閉じこめられた盗賊のうめき声みたいにうつろに反響した。 わたしはやはりこの人に恋をしているのだ、すみれはそう確信した。間違いない。そしてこの恋はわたしをどこかに運び去ろうとしている。しかしその強い流れから身を引くことはもはやできそうにない。わたしには選択肢というものがひと切れも与えられていないからだ。わたしが運ばれていくところは、これまで一度も目にしたこともないような特別な世界であるかもしれない。それはあるいは危険な場所かもしれない。そこに潜んでいるものたちがわたしを深く、致命的に傷つけることになるかもしれない。わたしは今手にしているすべてのものをなくしてしまうかもしれない。でもわたしにはもうあと戻りすることはできない。目の前にある流れのままに身をまかせるしかない。たとえわたしという人間がそこで炎に焼き尽くされ、失われてしまうとしても。 彼女の予感は──もちろん今になってそうとわかることなのだが──120パーセント正しかった。2 すみれが電話をかけてきたのは、結婚式のちょうど2週間後の、日曜日......
ここに意味を表示
恋に落ちるの表現・描写・類語(好きのカテゴリ)の一覧 ランダム5
寝ても起きても夢の中にあるように見えた。
有島武郎 / 或る女
気が変になるくらい、好きになってしもてん
宮本 輝「道頓堀川(新潮文庫)」に収録 amazon
彼女の、もうあまり燃えやすい部分は残っていなかったはずの心の中で、唐突に燃え立ち始め、勢いを増してゆく火だった。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
彼女の顔に面と向ったとき、日没前の風景の中で、くっきり浮かび出た山頂の線や地平線のきらめきが、一瞬光度をたかめ静けさにみちた空気の中に消えんとする最後の異常に強い光を放つときのような、美のエネルギーが彼女の顔から彼の方をめがけて、放出されるのを感ずるのであった。
野間 宏 / 顔の中の赤い月「暗い絵・顔の中の赤い月 (講談社文芸文庫)」に収録 amazon
このカテゴリを全部見る
「好き」カテゴリからランダム5
僕の子供を産んでほしい、必ず産んでくれるね、懇願され抱きしめられると、それだけで十和子は、下腹に抱え込んだ臓器に暗い血潮が充ちてくるような、すでに何かがそこで育ちはじめているような熱感を覚えた。
沼田 まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)」に収録 amazon
感情表現 大カテゴリ