青葉の色も目にしみる初夏のころ

高いマロニエの枝の上に白く咲く花も盛りの時で、あだかも隠れた「春」の舞踏に向って燭台をさし延べたかのように見えていた。

その雨が上がって、やっと本当の夏が来たようだった。突然、暑くて晴れた日々が始まった。以来雨は全く降らず、

三月の半ば頃私はよく山を蔽（おお）った杉林から山火事のような煙が起こるのを見た。それは日のよくあたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸いする日、杉林が一斉に飛ばす花粉の煙であった。しかし今すでに受精を終わった杉林の上には褐色がかった落ちつきができていた。瓦斯（ガス）体のような若芽に煙っていた欅（けやき）や楢（なら）の緑にももう初夏らしい落ちつきがあった。闌（た）けた若葉がおのおの影を持ち瓦斯体のような夢はもうなかった。ただ溪間にむくむくと茂っている椎（しい）の樹が何回目かの発芽で黄な粉をまぶしたようになっていた。

カーテンをすりぬける風は、どことなく初夏の香りがした。

茅屋根（かややね）の雪は鹿子斑（かのこまだら）になった。立ちのぼる蒸気は毎日弱ってゆく。

春先の夕暮れ特有の郷愁をはらんだざわめき

吉野の桜も遠くから眺めれば、雲のように掴みどころがない

桜の花びらが足元に散り敷いて、雪のよう

春もやや準備が出来たといった工合（ぐあい）に、和やかなものが、晴れた空にも、建物を包む丘の茂みにも含みかけていた。

風鈴の涼しげな音

初夏の風がそよそよと彼を吹いた。青葉の揮発性の匂いがした。

瓦斯体のような若芽に煙っていた欅や楢の緑にももう初夏らしい落ちつきがあった。

晩春らしく、埃っぽい風の吹く午後

銀座の鋪道（ほどう）はなまめかしくどろどろに暑い。太陽は縦横無尽だ。