（山から見下ろした夜明けの風景）中の海のむこうから海へ突き出した連山の頂が色づくと、美保の関の白い燈台も陽を受け、はっきりと浮び出した。間もなく、中の海の 大根島 にも陽が当り、それが 赤あか 鱏えい を伏せたように平たく、大きく見えた。村々の電燈は消え、その代りに白い 烟 が所々に見え始めた。然し麓の村は未だ山の陰で、遠い所より 却って暗く、沈んでいた。謙作はふと、今見ている景色に、自分のいるこの大山がはっきりと影を映している事に気がついた。影の輪郭が中の海から陸へ上って来ると、米子の町が急に明るく見えだしたので初めて気付いたが、それは停止することなく、ちょうど 地じ 引網びきあみ のように 手繰たぐられて来た。地を 嘗なめて過ぎる雲の影にも似ていた。中国一の高山で、輪郭に張切った強い線を持つこの山の影を、そのまま、平地に眺められるのを 稀有 の事とし、それから謙作は或る感動を受けた。

窓の大きなツインの部屋だった。十八階だったが、視野は二、三百 米メートル はなれた隣のビルの側面でうめられていた。小さな長方形の窓の群列が風景のすべてだった。しかし、灯りのついた窓と暗い窓のでたらめな散らばりのせいで、無機的な印象は薄かった。むしろ、巨大なものの持つ 愁いのようなものを感じた。

下の方に海を望む

すぐ真下は、スクランブル交差点だ。信号待ちをする人々は、群がる蟻のように見えた。

見下ろすと、ホテルの脇のコンクリートの空間を、車が半円を描いて道路へすべり出して行く。

向こう岸には闇よりも濃い樹の闇、山の闇がもくもくと空へ押しのぼっていた。そのなかで一本椋（むく）の樹の幹だけがほの白く闇のなかから浮かんで見える

長崎に多い細い坂路の一つで両側には家々が 覆いかぶさるように並んでいる。

遙か遙か下界に、八月の熱気でぼーっと、水色がかった真珠色に霞んだ地平が見晴せた。

かつて聞いたこともないほどの数知れない小鳥のさえずりが、嵐のように吹きこんでくる

周囲の住宅は少しずつ疎らになっていって、やがて木立に囲まれた未舗装の山道に入った。