（壊れかかった街）雨や風が蝕（むしば）んでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀（どべい）が崩れていたり家並が傾きかかっていたり――勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵（ひまわり）があったりカンナが咲いていたりする。

町ともつかず村ともつかない鄙（ひな）びた家並

それはいかにも東京の下町的な町だった。地下鉄やら国電やら路線バスやらがバランスを失った蜘蛛の糸のように入り乱れ、重なりあい、何本かのどぶ川が流れ、ごてごてとした通りがメロンのしわみたいに地表にしがみついていた。

海から山に向かって伸びた惨めなほど細長い街だ。

（夜の家並み）やがてその辺に、チラチラと数えられるほどの燈火（ともしび）がつく。

元気のある商店街

昔からあるらしい商店街

夕方の商店街は西日のトーンで統一されていた。 　異国のバザールのように。

商店街のスピーカーの割れたアナウンス

粒子の荒い霧にさえぎられて、道路をへだてた商店街の裏は、黒々とした森のように見えた。

（ケーキ屋は）壁も天井もガラス張りで、温室のような店だった。

鉄筋コンクリート三階建ての校舎と体育館、下駄箱とうさぎの飼育小屋がある、ありふれた小学校だった。

泳げないわけですから、頼りなくうつろにゆらゆらと。《…略…》プールの底を死にかけた魚のように漂うか細い足

（行きつけの古びたバーは）すいているのも魅力だった。テーブルもいすもバラバラでいろんな種類があり、そのどれもがもはや古びて妙な趣をかもし出していた。昔の中学校の教室のように油臭い木の床、茶を基調にした古臭いインテリア、思いきり寄りかかるときしんでしまいそうなカウンター。人が大勢いる時と、そのように静かな時とではまるで違う顔を見せる店というものの不思議を、私はぼんやりと見つめていた。

（ギターコンサート）《黒いデカメロン》の一曲目〈戦士のハープ〉が、緊迫した、ほとんど魔術的なほどに広大な二オクターヴの跳躍で始まると、会場はもう、つい今し方までとは別の空間になっていた。反復的な旋律が次第に空気を濃くしてゆく中で、ギターの長音が、会場の最も遠いところにまで何にも遮られることなく、真っ直ぐに伸びてゆく。この曲をよく知っている者、知らない者が、それぞれに、その 縹渺 たる響きに驚いた。 　それがまるで一つの予告であったかのように、蒔野はその後、一曲ごとに、とても同じ一本のギターで弾いているとは思えないほどの多彩な表現で、次々と、新鮮な音楽的風景を現出させていった。 　かつての一分の隙もない、あまりに完璧に律せられた世界とも違って、今はむしろ、音楽そのものに少し自由に踊らせて、それを見守りつつ、勘所で一気に高みへと導くような手並みの鮮やかさがあった。それもまた、長い〝スランプ〟の果てに、彼に生じた一つの変化だった。 　聴衆の感嘆は、楽曲が終わる度に拍手に熱を加えていった。

中央山脈の死火山の群が、 駱駝らくだ の瘤こぶのような輪郭を描いていた。

はるか向うの目の下に、虫のようにコースを歩いている人間がみえた。

影絵のように向こうの白い山はだに影が映る

まだびしゃびしゃするような土の上

山並みが屏風のように住宅街を囲う