朝まだき、白々と明け始めた道にはだれひとり人の姿はない。

暁の爽やかな薄明が東の空に星々のまどろみを消し去っていく

（山から見下ろした夜明けの風景）山裾の靄は晴れ、 麓 の村々の電燈が、まばらに眺められた。 米子よなご の 灯 も見え、遠く 夜見ケ浜 の 突先 にある 境港 の灯も見えた。或る時間を置いて、時々強く光るのは 美保 の 関 の燈台に違いなかった。湖のような 中 の 海 はこの山の陰になっている為 未だ暗かったが、 外海 の方はもう海面に鼠色の光を持っていた。 　明け方の風物の変化は非常に早かった。 少時しばらく して、彼が振返って見た時には山頂のむこうから 湧き上るように 橙色 の 曙光 が昇って来た。それが見る見る濃くなり、やがて又 褪せはじめると、 四辺あたり は急に明るくなって来た。

日が入って風物すべてが青味を帯びて見られるころ

夜が更けるにつれて灯は消え始め、最後には街灯とネオンの灯だけが残った。

（夜更けの人通りのない道、腰に下げた鈴）生まれてからまだ一度も踏まなかった道。そして同時に、実に親しい思いを起こさせる道。――それはもう彼が限られた回数通り過ぎたことのあるいつもの道ではなかった。いつの頃から歩いているのか、喬（たかし）は自分がとことわの過ぎてゆく者であるのを今は感じた。 　そんな時朝鮮の鈴は、喬の心を顫（ふる）わせて鳴った。ある時は、喬の現身（うつせみ）は道の上に失われ鈴の音だけが町を過るかと思われた。

夜霧はアスファルトの上までおりて来ている。

掃いたような大通りは静まりかえって、昼間よりも広々と見えた。大声に話す声は通りに響き渡った。

宵のうち人びとが掴（つか）まされたビラの類が不思議に街の一と所に吹き溜められて

月は陰鬱な祭司のように冷たく屋根の上にいて、その両手に不妊の海を捧げ持っている。

真っ暗な参道のくねくねした坂道を、２人で歩いた。建物はみな古く、木の匂いがした。風が強く、見上げると細い道はばの建物の透き間に星がくっきりとまたたいていた。

柔らかく粉のように白っぽい朝の陽ざし

少し秋めいた静かないい朝で、 苔 のついた日本風の庭に朝日が斜めに差していた。

小さい畠の彼方の栗の木には、だんだんと傾いて行く日足が、黄色い灯を点したようにしずかにさしている。

朝が来た。鶏が遠くで鳴いた。