熱海湾に面した沿道は白昼の激しい陽射しの名残りを夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている。

闇は季節の変わり目の暗いみずみずしさをたたえ、吸う空気の中にも夢のような透んだ香りをたくさん含んでいた。

空は晴れ上がり、洗われた後のように澄んでいる

杉林は、夜の漆黒を抱え込んでいる。奥に足を進めると、暗い空気が身体を囲んできた。足を踏み出すたびに、自分の身体が黒く染まり、さらに足を出すと、影に舐められる。

容赦のない陽射しに晒され続けた空気は、どこにも逃げ場がないのか、この時間になっても重たいガスのごとく辺り一面に垂れ込めていた。

容赦のない陽射しに晒され続けた空気は、どこにも逃げ場がないのか、この時間になっても重たいガスのごとく辺り一面に垂れ込めていた。

夏の夜は心地よく、そして神秘的な深みをもっていた。

庇（ひさし）の間から見える無数の星までも蒸されるように暑い

夜ふけて、ふと目ざめると、微かに雨の音がしていた。 　闇にただよう冷気は、夏のものともおもわれぬほど、清々しかった。

風も絶えた夏の夜の闇が、重く蒸し暑くたれこめる

小さな緑子がうつむきながら歩いてくるのが見えた。その奥にある公園の木々の葉の塊は濃ゆに揺れながら静かに燃えて、緑子はそれを後頭部にしょってるようであった。

蒸し暑い日

ほうろくのように焼けた暑い直方の町角

この暑さでは、涼しくなるまで、何もかもおあずけで生きているより仕方もない。

すべてを溶かしそうな熟れた熱気

狭い室内を、寒さは束ねた松葉の先でつつくように徹宵（よっぴて）その隙間を狙って止まなかった。

（寒さのきびしい夜で）不自然な姿勢を動かすこともできず、背中は氷の板のように冷たく硬ばっていた。

窓が開いており、肌寒い十二月の夜気が室内に足を伸ばしてきている。

現在の時刻は午後の２時半。外の世界は地獄のように暑く眩しい。

みんなが微笑んでいるような心地のいい午後

夜は萃（人名）に似ている。 　昼間思うとかすんでいて、大したことなく思える。でもいざやって来ると、その 闇 の肌ざわりは、 抗えないほど巨大で純粋だ。

夜晩（おそ）く鏡を覗（のぞ）くのは時によっては非常に怖（おそ）ろしいものである。自分の顔がまるで知らない人の顔のように見えて来たり、眼が疲れて来る故か、じーっと見ているうちに醜悪な伎楽（ぎがく）の腫（は）れ面（おもて）という面そっくりに見えて来たりする。

とっぷりと暮れてゆく濃紺の夕方、薄暗い街灯の明かりと、その向こうに重なるように見えていた黄色い半月に気を取られて足を踏みはずした。

終電車はもうとうに終わっている。駅舎もホームも照明が落とされて暗い。駅周辺の商店も、住宅も、明かりの漏れている建物は少なく、林や畑はもとより夜の闇そのものみたいに真っ暗、というか真っ黒に映る。 　そのなかをまばらな街灯が繫いで示す道は細く頼りなく曲がりくねり、今は寝静まっているこの街の人々の住まいと住まいを結びながら闇に突っ込んだように途絶えたり、明るいオレンジ色の街灯とともに北側を太く力強く走る国道に届いたりした。 　その国道こそ時折トラックなどが走ってきて去っていき、動きの乏しいこの町の夜景が、時間の止まった静止画ではないことを気づかせてもくれるのだったが、南側の畑が広がる間の細い道路を移動する自動車の光があると、むしろ時間と空間を超え来た物体を夜空に見ているような錯覚に陥った。

あたりが少しずつ暗くなっていき、街も、白い壁も、黒い世界にゆっくりとひきずりこまれていく。醜い私の中も、闇に包まれていく。

螢の大群は、 滝壺 の底に 寂寞せきばく と舞う微生物の 屍しかばね のように、はかりしれない沈黙と死臭を 孕はらんで光の 澱おり と化し、天空へ天空へと光彩をぼかしながら冷たい火の粉状になって舞いあがっていた。

夏の焼くような熱気

三月の半ば頃私はよく山を蔽（おお）った杉林から山火事のような煙が起こるのを見た。それは日のよくあたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸いする日、杉林が一斉に飛ばす花粉の煙であった。しかし今すでに受精を終わった杉林の上には褐色がかった落ちつきができていた。瓦斯（ガス）体のような若芽に煙っていた欅（けやき）や楢（なら）の緑にももう初夏らしい落ちつきがあった。闌（た）けた若葉がおのおの影を持ち瓦斯体のような夢はもうなかった。ただ溪間にむくむくと茂っている椎（しい）の樹が何回目かの発芽で黄な粉をまぶしたようになっていた。

それは耳を聾する炸裂の音と一緒に、夢のようにはかなく、一瞬の花を開いて、空の中に消えてゆきました

初夏の匂いが、街じゅうにあふれていた。 　穏やかで力があって、苦しいほどの草の匂いがする。